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鳥取家庭裁判所米子支部 昭和41年(家)10号 審判 1966年12月15日

申立人 白川スズエ(仮名)

相手方 白川敏昭(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、金二四万円を即時に、昭和四一年一二月以降婚姻を継続して別居する期間中毎月末日に金二万円ずつを各支払うべし。

理由

一  申立人

(一)  申立の趣旨

「相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として、毎月金三万円を支払え」との審判を求める。

(二)  申立の実情

申立人は、相手方と昭和三〇年一二月二日に結婚したが、昭和三四年一二月に至り、相手方は他の女性と情を通じ、今後のことについて考えを整理したいから一時別居して欲しいとの申立をしたので、申立人は、仲人である姉夫婦と相談した結果、同月一八日、一時別居することとし実家に帰つたところ、相手方は、直ちに申立人に対して離婚を迫つた。申立人は、相手方の離婚の申出を拒否しつづけ、昭和三五年三月には、一旦同居したが、結局、同居するに堪えられず再び別居したところ、相手方は、同年五月に情交関係にあつた女性と同居するにいたつた。その後申立人は、結婚生活を正常にもどすべく、相手方といろいろ交渉したが、相手方に誠意なく現在にいたつているので、申立人と相手方の結婚生活が正常な状態にもどるまで、申立趣旨記載の生活費の支払を求める。

二  相手方

現状では、申立人に生活費を支払う経済的余裕はない。

三  裁判所の判断

(一)  調査官元吉明作成の調査報告書、筆頭者相手方の戸籍謄本、○○公認会計土事務所作成の申立人に対する給与支払明細回答書、○○電気工事株式会社作成の相手方に対する給与支払明細回答書二通、申立人作成の昭和四一年二月現在経費内訳書(以下、「申立人内訳書」という)申立人作成の申立人が相手方の収入に見合いこれと同程度の文化的生活を営むための家計書(以下、「家計書」という)相手方作成の昭和四〇年一一月から昭和四一年一月までの経費内訳書(以下、「相手方内訳書」という)をあわせると、次のように認めることができる。

(1)  結婚後、本件申立に至つた経過

(イ) 別居するに至つた実情

申立人と相手方は、昭和三〇年一二月二日に結婚した。結婚当時、相手方は○○電気工事株式会社松江支店に勤務し、申立人も○○銀行米子支店に勤務していたが申立人は結婚を契機に銀行を退職し、米子市内で、申立人、相手方及び相手方の実母かめとともに結婚生活を続け、その後、相手方が右会社の島根県仁万郡○○○○出張所長、同県○○市○○出張所と移転するに従い、相手方に伴つて白川かめとともに住居を移転し、その間、昭和三二年二月五日に長女京子を、昭和三三年一二月二六日に長男朋一郎をもうけた。結婚当初は、家庭内のいざこざもなく平穏な結婚生活を続けていたが、そのうち、申立人の理知的で勝気な性格になじめなくなつた相手方が昭和三四年四月ごろから件外近江きみ子と情を通ずるようになり、帰宅がおそくなることも屡々という状態となり家庭内に不和が生ずるようになつた。昭和三四年一二月九日ごろ、相手方は申立人に対し、冷却期間をおいて一人にして考えさせて呉れとの理由で突如一ヶ月位の別居を提案し、申立人は、相手方の姉夫婦、仲人等と相談した結果、不本意ながら長女京子を連れて米子市内の実家に身を寄せた。ところが、離婚を決意していた相手方が、同月一三日ごろ、一方的に離婚を要求して来たが、離婚の意のない申立人は、これを拒絶しながら相手方の翻意を待ち、昭和三五年三月ごろには、自らの意思で一旦相手方のもとに帰つたが、相手方に冷遇され、とても同居し得うる状況にないので、約五日程で再び米子市の実家に戻るの止むなきに至り、その後も、いつか相手方のもとに帰るべく準備していたが、相手方が、同年四月ごろ申立人の荷物を一方的に申立人のところに送付し、同年五月ごろには近江きみ子と同棲するかたわら申立人に再婚したから帰るに及ばない旨連絡して来たので、申立人は、相手方と近江きみ子との関係もいつかは冷却し、いずれ正常な結婚生活に復帰できると考えて、やむなく別居のまま、現在に及んでいる。

(ロ) 別居後、本件申立までの実情

申立人は、別居後も、離婚の意思は毛頭なく、実家の階下に間借りして、衣料品店の店員又は公認会計士事務所の事務員として働き、その収入、姉、弟からの借金及び後記相手方からの送金等により自己及び長女京子の生計を支えて相手方の翻意を待ち、昭和三七年三月には、近江キミ子を被告として不法行為に基く慰藉料請求の訴を提起し(現在鳥取地裁米子支部に係属中)、昭和三九年七月からは○○会計事務所に勤務し、昭和四〇年一一月二六日に本件調停事件を申立てた。

右期間中申立人が相手方から受領した金員は、左の通りである。

昭和三五年六月から同年八月まで、毎月五、〇〇〇円

右記送金は、申立人が離婚に応じないことを理由にとだえる。

昭和三六年六月から昭和三七年三月まで、毎月三、〇〇〇円

右記送金は、前記近江キミ子を被告とする訴提起を理由にとだえる。

相手方は、別居後、申立人と再度同居する意図はなく、昭和三五年五月ごろから近江キミ子と同棲し、実母かめ、長男朋一郎ととともに生活を続け、前記会社の○○○○営業所長、松山市の○○営業所長、大阪市の○○営業所次長と転勤するかたわら、昭和三七年四月二六日には近江キミ子との間に女子富江をもうけてこれを認知し、爾来、相手方を含む五名が家族として同居し、近江キミ子が家庭内の主婦としての勤めを果している。本件調停については、経済的余裕なしとして送金を拒絶し、昭和四一年二月一七日には、申立人を相手方として離婚調停を申立てたが右調停は不調に終つた。

(2)  申立人、相手方の生活状況

(イ) 申立人の生活状況

申立人は、前記のとおりその実家である肩書住居地の階下四室(一畳一室、四・五畳一室、六畳一室、三畳一室)を借りて長女京子と同居し、昭和三五年五月から昭和三九年二月まで衣料品店に勤務して月収八、五〇〇円から一万五、〇〇〇円の収入を得、昭和三九年七月から昭和四一年五月までは○○公認会計士事務所に勤務し、昭和四一年一月には税金、健康保険等を控除して金一万五、四九四円の収入を得、他に過去一年間に賞与として手取り金二万七、〇〇〇円を得ている外、(これを毎月別に平均すると、一ヶ月金二、二五〇円となる)前記月収、賞与では到底生活が維持できないので、毎月八、〇〇〇円を姉弟に借り、右合計金二万五、六〇〇円(ただし、家賃としての三、〇〇〇円は、目下のところ、実母に支払つていない)で毎月の生活を送つていたが、昭和四一年六月からは米子○○有限会社に勤務するようになつたが、右収入は、○○公認会計士事務所のそれと略同一である。

その生活状況は、申立人内訳書によれば毎月、食費として約一万二、〇〇〇円、光熱費として二、〇〇〇円、被服費として二、〇〇〇円、保健衛生費として一、八〇〇円、教養費として二、一〇〇円、交際費として二、〇〇〇円、生命保険料として一、〇〇〇円、娯楽、雑費として五〇〇円となるとしている。

しかして、家計書によれば、相手方と同一程度の生活をするための生活費として、毎月食費約一万五、〇〇〇円、住居費三、〇〇〇円、光熱費二、〇〇〇円、被服費三、〇〇〇円、保健衛生費三、〇〇〇円、教育教養費として三、五〇〇円、交際費として三、五〇〇円、保険料として一、〇〇〇円、娯楽、雑費として八〇〇円、借金返済(姉、弟に八、〇〇〇円、母に三、〇〇〇円)一万一、〇〇〇円を必要としている。

(ロ) 相手方の生活状況

相手方は、前記のとおり、現在○○電気工事株式会社○○営業所次長として、前記実母かめ、近江キミ子長男朋一郎、非嫡出子富江とともに会社社宅(木造瓦葺二階建階上二室階下二室)に同居し、昭和四一年一月には、右会社から、社会保険料、所得税、市町村民税を控除した手取り金八万〇、〇二一円の収入及び、他に過去一年間に賞与として手取り金二七万五、四六〇円を得ているが(これを毎月別に平均すると一ヶ月金二万一、九五〇円となる)、右収入以外には実母かめが月約三、〇〇〇円の年金を得ている外他に財産はなく、右収入で相手方を含む前記五名の生計を維持している。

しかして、その生活状況は相手方内訳書によれば、昭和四一年一月分として食費約一万五、七〇〇円、光熱費として五、五六〇円、被服費として三、五八〇円(月賦金三、〇〇〇円を含む)、保健衛生費六、八〇〇円、交際費として四、六四〇円、教育費として一、一八〇円、教養娯楽費として一、六六〇円、生命保険料として一万〇、三〇〇円、住宅費として九、〇〇〇円、相手方の職業費として一万五、七〇〇円(小遣いを含む。ただし、この項目は、月によつて変動がある)、雑費として六、二〇〇円、積立貯金として五、〇〇〇円、債務返済分として一万五、〇〇〇円等である。

(二)  叙上各認定事実にもとづいて、相手方の申立人に対する婚姻費用分担義務の有無及びその額について検討する。

(1)  婚姻費用分担義務の有無

相手方は、現在、○○電気工事株式会社○○営業所次長の職にあり、申立人がその妻としての体面を保ちつつ、長女京子とともに生活するために、前記月収一万七、七四四円(月収額及び賞与の毎月平均分の合計)で足りないことは、現に申立人がその姉、弟から月八、〇〇〇円の借金をしながら生活をしていること、及び現在の経済事情、一般の生活水準、申立人の必要経費の内訳等からして明らかである。しかして、本件別居に至つた原因が、その遠因が申立人と相手方との性格の不一致にあつたとしても、直接には相手方が近江キミ子との情交関係にもとづき一方的に申立人に別居を要求し、遂には近江キミ子と同棲するに至つたことにあることを思えば、本件の別居の原因はもつぱら相手方にあるといつても過言でないこと、及び、相手方の収入とその使途等からして、相手方は、申立人の生活費の不足分を補う義務がある。

(2)  婚姻費用の分担の額

まず、労働科学研究所が、昭和二七年と昭和二八年に実施した実態調査にもとづき算出した最低生活費消費単位を基礎として、申立人が相手方の妻として長女京子とともに要する最低生活費及びその不足額を算出すると、別表記載のとおり、最低生活費が月約四万〇、六五八円となるから、申立人の月収一万七、七四四円をこれから控除するとその不足額は、二万二、九一四円となること計数上明らかである。なお、右において近江キミ子を家庭の主婦として算入したのは、現実に内妻として相手方と生活し、家事全般は勿論相手方の実母及び子供の監護、教育に従事しているもので、主婦と同様の生活費を要すると考えるからである。

しかして、右算定方式により算出された申立人の不足額約二万三、〇〇〇円を、相手方が負担した場合の申立人及び相手方の現実の生活状況の対比を前記従前の経費内訳をもとに考察すると、まず、申立人の生活状況については、前記月八、〇〇〇円の借金は解消し、住宅費三、〇〇〇円を計上したうえで、なお約一万二、〇〇〇円の余裕があり、これを、従前の生活経費と家計書で主張する今後の生活設計との差額食費分三、〇〇〇円、被服費一、〇〇〇円、保健衛生費一、二〇〇円、教養費一、四〇〇円、交際費一、五〇〇円、娯楽雑費三〇〇円合計八、四〇〇円に充当すれば、申立人としては、その借金の返済は別として、ほぼその主張の生活状況を充足して、金三、六〇〇円の余剰を生ずることとなる。他方相手方としては、申立人の不足額を負担するために伸縮が可能と考えられる項目として、貯金五、〇〇〇円、申立人の職業費一万五、七〇〇円(これは月によつて変動がある)、雑費六、七〇〇円合計二万七、四〇〇円であつて、その他の食費、被服費、保険衛生費、交際費、教育費、教養娯楽費、生命保険料、住宅費、債務返済分(ただし、昭和四二年六月まで)は、その縮少がかなり困難で、せいぜい、二三、〇〇〇円と考えられるから、右の如き状態で月二万三、〇〇〇円を負担することは、その生活状況がかなり縮少されるものと考えなければならない。以上のような比較考察のうえ、これを前記算定方式により算出された不足額との対比すれば、相手方が負担すべき婚姻費用分担額は、月金二万円と考えるのが相当である。

申立人は、従前、姉、弟に借りた債務を月八、〇〇〇円づつ支払わなければならないと云うかもしれないが、月二万円としても、住宅費を支払つたうえ、申立人の将来の生活設計を完全に充足してなほ、少額の余剰があるのであつて、さらに、申立人の生活設計中、その食費の項目等を相手方のそれと比較した場合、その家族構成からすれば、なお、多少の減額は考えられるところであつて、すべてを相手方のぎせいによつて、申立人の生活設計のみを充足させることは、夫婦が同程度の生活を営むという趣旨から逸脱するし、申立人としても、その債務の返済は確定的な弁済期が定まつていないものであるから、話合いによりこれが金額をある程度減ずるか、あるいはその生活設計をある程度縮少するかしてこれにあてる等の途を考えるべきである。

また、相手方としても、月二万円の負担がその家計に重大な影響を与えることは、明らかであるけれども、申立人のぎせいによつて、貯金をし、相手方が職業費をかなり自由に使用する等は、婚姻費用の分担の本来の趣旨にもとるもので、これらの伸縮性のある項目を考慮することにより、前記分担額は、負担しうるものである。

(三)  結論

してみれば、相手方は申立人に対し、本件申立の日である昭和四〇年一一月二六日から婚姻を継続して別居する期間中毎月二万円の金員を支払う義務がある。

よつて、履行期の到来している昭和四〇年一一月二六日から昭和四一年一二月二五日までの一二ヶ月分合計二四万円を即時に、昭和四一年一二月から別居期間中毎月二万円を支払うべきものである。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 荒本恒平)

(別表省略)

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